焔摩天像えんまてんぞう

  • 平安時代後期
  • 12c
  • 絹本著色
  • H-155.8 W-84.5
  • 所蔵
    室生寺伝来、原三渓(富太郎)旧蔵、重要文化財

平安時代後期 12世紀
絹本著色
縦:155.8cm 横:84.5cm

焔摩天は十二天の一つとして南方を守護する護法神であるが,単独でも除病,延命,息災などを祈る焔摩天供の本尊とされた。のちに発達した地獄の十王信仰では閻魔王となる。その形は,密教の根本本尊となる胎蔵界曼荼羅外金剛部院中に見ることができる。水牛の背に左足を踏み降ろして坐り,右手は屈して掌を前に出し,左手は檀拏杖を執る姿である。檀拏杖は人頭幢ともいい,人の頭を半月形にのせた杖のことをいう。いかにも不気味な威力を暗示していよう。単独の画像として描かれた遺品は,ほぼこれと同じ図像をもち,焔摩天が正面を向く場合と斜め右を向く場合とがある。

本作品は正面像の一例で,眷属や背景は全く表されない。肉身は白色地に朱の暈(ぼかし)を掛け,太めの朱線で描き起こす。眉は墨と群青の二層で,髪際も朱線で輪郭づけてから髪に群青を塗彩している。平安仏画の常套手段である。装身具には金箔を用い墨線で描き起こすが,着衣の文様には截金を使用せず,彩色文様のみで構成する。条帛と裳に団花文、さらに裳に飛蝶文をあしらうが,蝶文は後補の疑いがある。ほかに水牛の首の襞や尾の描き起こし,水牛の坐具の房飾りなどにも補筆がある。ただし,坐具の縁の一部に見られる当初の宝相華文様はみやびな趣があり,白線を用いることも含めて,平安仏画の特色が表れていよう。

上下左右とも当初の画面から多少切り詰められているとみられるものの,画面いっぱいに像を描いてスケールが大きい点は,平安初期の西大寺十二天像を想い起こさせ,原本の特色をよく留めていると思われる。補彩が所々に見うけられて,当初の画趣を損ねているものの,柔らかな賦彩と線描から12世紀を下らない制作と考えられる。

原三渓旧蔵で,奈良・室生寺にあったものと伝えられるが,確証はない。(泉)

泰山

泰山
中国。山東省済南府泰安州にある。五嶽の一つ岱山、岱宗、太山、泰嶽等ともいい、東嶽、東岱、天孫ともいう。「古今図書集成山川典」第十三に「泰山は山の尊なり。一に岱宗という。岱は始なり。宗は長なり。万物の始、陰陽交代す。故に五嶽の長となす。王は命を受け、恒に之を封禅す。」とあり、中国の帝王は五年に一度、泰山より順次五嶽を巡守し、採点を行うことを例とした。
(望月仏教大辞典より)

五嶽

五嶽
gogaku
中国の五大名山の総称。五嶽とは泰山(東嶽)、華山(西嶽)、衡山(南嶽)、恒山(北嶽)、嵩山(中嶽)をいう。

地獄

地獄

 地下にある牢獄の意味。苦しみの極まった世界で、現世に悪行を為した者が、死後その報いを受けるところ。罪業の結果として報われた生存状態、および環境である、三悪道、五趣、六道、十界の一つ。
 経論のよって種々に説かれるが、無間、八熱(八大)、八寒、孤独などの地獄があり、八大または八寒地獄の一つ一つには十六小地獄(十六遊増す地獄)があり、みな閻浮提の下二万(または三万二千)由旬の所にあると言われる。
(中村 元 「仏教語大辞典」東京書籍 より)

沙門地獄草紙 解身地獄

ヤマ

ヤマ
ヴィヴァスヴァット(太陽神)の子とされるヤマの起源は古く、アヴェスター聖典のイマ(最初の人間で、理想的統治者)に相応する。
しかし、リグ・ヴェーダでは最初に死の道を発見した点が強調され、ヤマは死者の王として、最高天にある楽園に君臨する。当時の来世観によれば、地上で長寿を保ったのち、ヤマの世界に到達し、祖霊(ピトリ・祖先)と共に享楽することを理想とした。
後世来世観の変化に伴い、その領土は地下に移り、ヤマはもっぱら死の神・悪業の懲罰者となり、仏教においては閻魔天として知られる。
(岩波文庫「リグ・ウェーダ」辻直四郎訳)

ヤマの歌

ヤマ(死者の王)の歌(「リグ・ヴェーダ」10・14 岩波文庫p.229-232)より
ヤマの形容
* おおいなる直路に沿いて遥かに去り・多くの者(死者)のために道を発見したる・ヴィヴァスヴァット(太陽神)の子、人間の招集者。
*  ヤマはわれらのため最初に道を見出せり。

ヤマの世界の形容
* この牧場(楽土・死界)は奪い取らるるべきにあらず。われらの古き祖先が行きしところ、そこに後生(子孫)は、自己の道に従って[赴く]。
* ここで、死者は祖先と合同し、祭祀・善行の果報と合体し、欠陥を棄てて死者の世界に帰り、光輝に満ちて新たなる身体と合体する。
* 死者は、ここで安寧と無病を与えられる。

10・14 の讃歌は、人々がヤマを招来し、死者を無事にその領土に迎え入れる事、そして生ける人々を、長き命を生きんがために、無事に神神の元へ導かんことを願っている。
讃歌で、詩人は聖なることばによってはヤマと、その父ヴィヴァスヴァット(太陽神)、祖霊をともに、敷草の上に勧請し、捧げられたソーマ酒や供物を楽しみ、願いを聞き届けることを希う。荘厳なる祭祀はアグニ(火神)を使者としてヤマに赴く。

そして、死者に対して「行け、行け、太古の道によって、われらの古き祖先が去り行きし所へ。」の言葉を贈る。ヤマとヴァルナ(水神)の両神がこれを迎え、死者が最高天(ヤマの居所)において、祖先と合同し、祭祀・善行の果報と合体し、欠陥を棄てて死者の世界に帰り、光輝に満ちて新たなる身体と合体することを願っている。

死者に忍び寄る悪魔は、死者のために祖先が設け、ヤマが昼、水、夜をもって飾れる安息所から追われている。詩人はヤマに、その使者たる四つ目で斑のある二匹の番犬に死者を託してこれを守り、死者に安寧と無病を与えんことを願い、また、この鼻広く、茶褐色で、人間の間を徘徊して人々の生命を奪うこの二匹の犬が、今日参列する人々に幸多き生命を返し与えんことを希っている。
讃歌の最後に出てくる「トリカドルカ祭のあいだ」という祭祀が3日間続いた特別のソーマ祭であるとすれば、意味不明のことばとしても、祭祀は数日間つづいた可能性がある。この間、死者(?)は空を飛ぶ。六つの空間(三層の天界と三層の他界)、崇高なる唯一の最高天、韻律、これら一切はヤマのうえに安立する。
(岩波文庫「リグ・ウェーダ」辻直四郎訳)

閻魔天

焔摩天像 平安時代 10世紀 重要文化財 絹本着色

焔摩天は、インドの黄泉の国の神であるヤマが、仏教に取入れられて護法神となったもので、このような画像は、安産や延命を祈願して行われた焔摩天法の本尊として描かれたものである。当時は、金色の密教法具を備えた護摩壇の火炎のむこうに、神秘的な微笑みを浮かべていたのであろう。 近年の大コレクター原三渓がかつて本画像を入手した時、この絵の行く末を危ぶんだ室生寺の丸山貫長師が雨をついて三渓を訪れ、その人柄に安堵したという逸話がある。焔摩天の柔らかい肌の隈取りや、着衣の朱色の鮮やかさが、歴代の所蔵者の大切に守って来た心を偲ばせる。現代に残る平安仏画中最高傑作のひとつと言えよう。
この絵が信楽に運ばれ、神苑に建つ祭事棟の大広間に初めて掛けおろされた時、床とのあまりのバランスの見事さに居合わせた人達は息を呑んだ。後日訪れた前所蔵者もその様子に感慨深げであったという。

Catalogue Entry

Late Heian period, 12th century
Hanging scroll, color and gold on silk
Height, 155.8cm; width, 84.5cm

Emmaten is one of the Twelve Devas and is the protector deity who guards the southern direction. When Emmaten is enshrined alone as a central figure of worship, he guards against illness and calamity and prolongs life. In the later development of the worship of the Ten Kings of Hell, Emmaten becomes Emma-o, the king of hell. This Emma-o form also appears in the Ge-kongouin section of the Taizokai Mandala (Garbhakos⇔a-mandala), one of the principal objects of worship in the Esoteric Buddhist sects. Seated on the back of a water buffalo, with left leg hanging down, right arm bent, and right palm held out towards the viewer, Emmaten holds a dandajo staff in his left hand. The dandajo is topped with a human head finial, and this head is placed within a half-moon crescent. This single symbol hints at the unsettling power of this deity. Some of the extant examples of this deity shown as a single figure have almost this same composition with the deity facing forward, and some show the deity facing to the right.

The present work is an example of the deity facing directly forward, and there is absolutely no depiction of attendant figures or background. The flesh of the deity is depicted in a whitish ground with cinnabar red shading and with the details picked out in thickly drawn cinnabar lines. The eyebrows are drawn in a double layer of black ink and ultramarine, the hairline is outlined in cinnabar lines, and the hair is colored with ultramarine. These are typical elements of Heian period Buddhist painting. The body adornments are created from cut gold leaf with black ink lines used to depict details, while the drapery motifs are constructed solely of polychrome pigments without the use of cut gold work. The johaku and mo are decorated with grouped flower motifs, and while the mo also has flying butterfly motifs, these butterfly motifs might be a later addition. The fold lines on the water buffalo's neck, the detailing of his tail, and the tasseled ornaments on the water buffalo's seat also include later brushwork. However, a section of the original hosoge motifs on the green area of the water buffalo's seat reveal the elegant intent of the original brushwork and, with the addition of the use of white lines, is particularly characteristic of Heian period Buddhist painting.

The top, bottom, right, and left edges of the picture plane have all been trimmed to some degree. The large-scale presentation of the image filling the composition can also be found in the Saidaiji Twelve Devas images of the early Heian period, and the present state of this work ably reflects the painting's original characteristics. Later brushwork can be seen here and there in the image, but the gentle decorative colors and the line work indicate that the work was created no later than the 12th century.

This work was formerly in the collections of Hara Tomitaro (Sankei) and is said to have been in the Muroji collections, but there is no proof of this provenance. TI