紫檀螺鈿宝相華鳳凰文平胡禄したんらでんほうそうげほうおうもんひらやなぐい(へいころく)

  • 平安時代
  • 12c
  • 木製漆塗、木地螺鈿、銀銅製覆輪
  • H-31.9 D-8 W-23.6
  • 所蔵
    重要文化財

平安時代後期 12世紀
高:32.0cm 幅:20.0cm 方立高:4.5cm 奥行:21.0cm

胡ろくはやなぐいともいい,戦陣で佩用,箭(矢)をまとめて入れるための武具の一つ。箭入が筒状を呈するものを壷胡ろく,箭を差し込む矢配り板(櫛板)を内部に備えた方
立とこれを支える背板からなる扁平な形式のものを平胡ろくと称している。

正倉院中倉に伝存する奈良時代の葛製漆塗平胡ろくでも知られるように,実戦用の胡ろ
くは本来行動に適した軽便なものが通例である。したがって,この平胡ろくのように豪
華絢爛たる細工を施したものは,天皇の行幸や祭礼などに供奉する皇族や貴顕の儀杖用
であったと考えられる。

方立とその前方に透かした格狭間や背板には,いずれも銀鍍金の覆輪をめぐらすほか,懸緒の座金具や革先金具など,要所に装着した金具も同様の銀鍍金を施している。地板は全面紫檀貼りとし,これに螺鈿文を嵌入したいわゆる紫檀地螺鈿である。螺鈿文は背板表面が宝相華を中に左右に鳳凰を対向させた丸文を上下に配し,地面は宝相華唐草文で埋めている。方立は背板表面とは逆に宝相華が主文をなし,側面にのみ鳳凰丸の半截文を飾る。背板背面は宝相華の花枝文と鳳凰文散らし,螺鈿裁文にはことごとく緻密な刻文を施して細部を表すが,宝相華の花芯と花弁にはさらに碧玉を嵌装,華麗に仕上げている。

紫檀螺鈿を主流とする木地螺鈿の手法は,正倉院宝物にも散見されるように,中国・唐代に流行した加飾技法であり,これも奈良時代以来の伝統を踏襲するものである。東南アジア産の高価な外材を使用しているのは,当時の貴族社会に舶来趣味が根強く残っていたことを示唆している。

紫檀螺鈿の平胡ろくとしては,奈良・春日大社古神宝中の品が方立櫛板裏に大治6年(1131)の奉納銘を記し,由緒の知られることで名高いが,類似の装飾手法から考え,この平胡ろくもほぼ同時代の作と想定される。(河田)

胡録

胡ろく(ころく)


 「胡ろく」とは「やなぐい」をいい、箭(や・矢)をまとめて携帯するために用いられる。箭入れが背板と、これに支えられた箭を差し込む矢配り板(櫛板)を内部に備えた方立てからなるものを平胡ろく、筒状を呈するものを壷胡ろくという。

宝相華文(ほうそうげもん)

宝相華文(ほうそうげもん)

 中国の唐時代の唐草文様のうち、あたかも花を思わせるような形のものを「ほうそうげもん」または「ほっそうげもん」という。起源は不明確だが、具体的に特定の花を写したのではなく、唐時代に、西方伝来のパルメット唐草に華麗な花のイメージを織り込んで成立したと推定される。
 なお、宋時代の書物には実際に「宝相華」という花があったことを伝えている。

鳳凰(ほうおう)

鳳凰(ほうおう)

 中国の伝説上の霊鳥で、鳳が雄で、凰は雌をさしている。竹の実を餌とし、梧桐の木にしか留まらないという。風神とも天帝の使者ともされている。「書経」には舜帝が天下を安定させたとき、楽の音とともに鳳凰が祖霊とともに降臨したと伝えられる。「礼記」では四霊のひとつに数えられ、四神のひとつである「朱雀」にその性格が受け継がれているという。
 殷時代から西周時代の青銅器の文様によく見られ、漢時代以降には天下太平の瑞祥と考えられるようになった。

Catalogue Entry

Late Heian period, 12th century
Height, 32.0cm; width, 20.0cm; front board height,
4.5cm; depth, 21.0cm

The koroku (or yanagui) quiver form is a piece of military equipment used to hold and arrange arrows. The shape of the container for the arrows on these quivers determines the names of their different styles, with quivers with cylindrical containers known as tsubo koroku, or jar quivers, and those with a rectangular box form fitted with an inner comb-shaped board to hold the arrows and a fan-shaped backboard (like the one here) are known as hira koroku, or flat quivers.

A flat quiver made of tsuzura (arrowroot) wood and coated with red lacquer from the Nara period is preserved in the central storehouse of the Shosoin Repository. Such quivers for actual battle duty were light in weight and thus suitable for active use. This gorgeously decorated flat quiver with its detailed adornment, on the other hand, was for ceremonial use by noblemen or dignitaries when in attendance to the emperor, or during special rites.
The foliate panels that adorn the rectangular box form and its front surface and the side boards are each decorated with ornamental borders in silver gilding, and the metal fittings for the various straps, cord ends, and other necessary attachments are all made of silver gilding. The ground boards are all red sandalwood and have been inlaid with patterns created out of mother-of-pearl. The mother-of-pearl patterns on the front of the backboard include roundel motifs of paired phoenixes centered on hosoge patterns placed one above and one below and a surrounding background pattern of hosoge karakusa vining motifs. The arrow box continues the hosoge pattern from the front surface of the back board, while the side panels of this box are only decorated with half-circular segments of the phoenix roundels. The back surface of the backboard is decorated with scattered hosoge flower petals and scattered phoenix motifs. The mother-of-pearl motifs are incised with extremely finely detailed lines and are further fitted with jasper inlaid in the flower centers and flower petals, all contributing to a particularly gorgeous image.
The techniques of wood-based mother-of-pearl work which center largely on mother-of-pearl inlaid on red sandalwood can be seen scattered through the Shosoin treasures and were one of the adornment methods popular in Tang dynasty China. The present quiver followed the trend for this decorative method which had been used in Japan since the Nara period, and the use of costly foreign materials from Southeast Asia suggests the strong preference for foreign aesthetics in the aristocratic society of the day.
Another example of a red sandalwood flat quiver with mother-of-pearl inlay is among the ancient shrine treasures of Kasuga Taisha, and the back of the comb-shaped arrow holder in its rectangular box is inscribed with a dedication date of 1131 (Daiji 6). Given the similarities of decorative methods used on the present quiver and the Kasuga quiver, the present flat quiver can also be suggested to have been produced in approximately this same period. SK

解説(春の玉手箱)

 矢を末広形に差し入れ腰に着ける、平胡禄である。地板は全面紫檀貼りとし,これに貝を嵌入したいわゆる紫檀地螺鈿である。螺鈿文は背板表面が宝相華を中に左右に鳳凰を対向させた丸文を上下に配し,地面は宝相華唐草文で埋めている。方立は背板表面とは逆に宝相華が主文をなし,側面にのみ鳳凰丸の半截文を飾る。螺鈿裁文にはことごとく緻密な刻文を施して細部を表すが,宝相華の花芯と花弁にはさらに青色ガラスを嵌装,華麗に仕上げている。木地螺鈿という中国唐代より伝わった華麗な技法を、奈良時代を経て平安時代末に受け継いだ、王朝文化の優れた美意識が窺える漆工芸の優品である。このように豪華絢爛に細工を施した平胡禄は、戦闘用ではなく、天皇の行幸や祭礼などに供奉する皇族や貴顕の儀杖用であったと考えられる。背板背面に宝相華の花枝文とともに舞う端鳥たちの軽やかな尾の流れは、まるで散し仮名を見るようにはかなく美しい。

かざり 図録解説

紫檀螺鈿宝相華鳳凰文平胡禄 重要文化財 かざり 図録解説

 胡禄(ころく)は、やなぐいともいい、戦陣で佩用(はいよう)、箭(矢)を入れるための武具の一種である。箭入が筒状の壺胡禄の実用性に対して、本作のような平胡禄は主に天皇の行幸や祭礼などに供奉(ぐぶ)する皇族や貴顕の儀仗用で、装飾性が強いものが多い。平安時代にさかのぼる例としては、春日大社や厳島神社の古神宝類が挙げられ、また、鎌倉時代の鶴岡八幡宮の古神宝類、室町時代の熊野速玉大社古神宝類にも平胡禄がみられる。
 本作品は、春日大社古神宝中のものに特に近く、制作年代もほぼ同時代と推定されるが、背板の表裏とも紫檀螺鈿で装飾されている点が異なっている。表裏それぞれ四枚と三枚の紫檀材を貼り、その周囲に金銅の覆輪を嵌めてその先端を小さく出して脚としている。表面中央部には、宝相華を中心に向き合う鳳凰の螺鈿円文を上下に大きく配し、その周囲には、これを縁取りながら全面に宝相華唐草を散りばめる。裏面は全面に螺鈿の宝相華と鳳凰を散らしている。方立にも上下と二つの格狭間(こうざま)に覆輪をかけ、全面に螺鈿宝相華を散らして、側面には半分の螺鈿鳳凰円文を配している。螺鈿宝相華の花芯や花弁の中心には碧玉を嵌め華麗に仕上げている。
 この平胡禄は他の古神宝と異なり、実際に使用と修理を繰り返しながら今日に伝来しているようであり、近世のものと思われる実用の附属品が一通り揃っている点で貴重である。また、こうした実用品の例として、猪熊兼樹氏は、嘉禎四年(一二三八)の春日行幸に際して一条実経が用いたという沈地蛮絵螺鈿平胡禄(西三条装束抄)や、『桃華雑抄』に図示された、摂政九条良経の所用とされる同様な意匠と技法の平胡禄を挙げている。