エピソード

やわらかいグレイの聖域

MIHO MUSEUM を注意して見ていると、建物が基本的に二つの色で占められていることに気付く。ライムストーンやルーバーの木肌の蜂蜜色、そして、スペースフレームなどの銀・グレイ系統の色である。蜂蜜色は明るいオープンスペースに、銀やグレイはそのアクセントに使われているが、グレイが前面に出てくることがある。ひとつはエジプトのアルシノエ女神像、もうひとつはガンダーラの石仏を納めた、南アジア展示室である。
アルシノエ女神は、グレイの石ピエトロ・セレナをバックに立つ。黒く美しい彼女のシルエットが、やわらかいグレイの聖域に守られて浮かび上がる。古代エジプトへの不思議な通路が開くようである。

一方、ガンダーラの石仏の部屋は、ひんやりとした趣である。全体を包む薄闇の静謐、一番奥に佇むガンダーラ仏のバックの紅色が、天井から差し込む自然光と共に、ある種のエネルギーを噴出しているかのようだ。いままでとは違う、何者かの存在感。
ガンダーラの仏像はグレイの片岩から彫られ、もとは僧院の中に安置されたものと言う。僧院の薄闇、静謐、仏の表情が湛えるぬくもりを、何気なく包み込んでいるのが、ピエトロ・セレナだ。この石は床を覆い、仏達の台座となり、部屋の中に林立しているのに石の存在感を主張しない。仏達の一部として太古からそこにあったかのように、静かに立っている。この石は、まるで何もかもを吸い込むようだ。音も、光も、熱も、冷たさも、そして内に秘めた表面は、優しくしている。
この石はイタリア産ということだが、イタリアの明るい大理石のイメージとは随分違う。そしてペイ氏は、このグレイの優しい石で、優しい作品達を包み込んだ。試しにアルシノエ女神の後ろに立つ、ピエトロ・セレナを触ってみてほしい。ペイ氏の建築・ワシントンナショナルギャラリーで人気の、鋭角的な建物の角と同じ角度なのに、この石でできていると、妙に手に優しいのだ。そしてこの石は、MIHO MUSEUM の小さな静謐を、今も何気なく守り続けている。

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